「乳青がかった地図」statement

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内部(自)を観察し、外部(他)と共通する意識を浮かびあがらせる。
形は共通認識の言語ではなくなり、
無意識下で記号としてのちに外部と共有され、それら個体の熱に加わる。

 

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私は立ち枯れた冬木の屈曲した枝構造を見ていた。
ある画家の晩年言ったイノチという言葉がそれと折り重なったように思えた。
やがてそれは枝から掌の溝へ、地形へ、微細な生き物の形、動き、フラクタル構造、宇宙
私という一個体と大きな生命との共通を考えることになっていった。

形ある物から事象へ、物事を動かしている流れを知りたい。
すると画面のそれは筆を持つ個体の純粋な思考と共鳴する必然性があった。
それは学問のように思えた。

 

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「私は立ち枯れた冬木の屈曲した枝構造を見ていた

乳青がかった地図の しんと広がる音をきき
ふと指し示す分岐コンパス

小から大へと降りていく

ガランとした 奥のほう
(どうも枝木は私の身体のよう)

やがて 大から小へ覗きこむX軸と
過去からくる幼子の体験にまつわるY軸が交じりあい

吹き抜ける直交山岳座標上
見えない萃点に

どうしようもなくわずかな白を放る」

 

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